ESSAY for The North American Post
Japanese Returnee Children Part2
2003年、1年半ののち、主人は、別の地であるアメリカ合衆国、シアトルに赴任することになりました。シアトルへの赴任の前に、家族は帯同するのかどうかを話し合いをしました。さとみは、日本に残ることを決心しましたが、ちはるは高校を辞めて、一緒にシアトルに行くことを決めました。彼女には、日本での生活より、アメリカでの生活に期待する何かがあったのでしょう。
アメリカへの出発を決心したときに、ちはるの高校の先生である、M先生から助言をいただきました。M先生自身もアメリカからの帰国子女なのですが、彼女が帰国した1060年の初頭は、彼女のような存在はとてもめずらしく、公立の学校から煙たがられた経験を持っていました。「今でもトラウマになっている」とM先生はおっしゃいました。そして、アメリカに行くことは、ちはるにとって、再び海外で生活し、視野を広げるチャンスだし、そうすべきだと助言してくれたのです。
しかしながら、これがわたしたちの最初の海外渡航であれば、彼女はそうは言わなかったでしょう。これがちはるにとって、2回目の海外生活であったからこそ、彼女は勧めてくれたのだと思います。これは、彼女にとってほんとうによい経験だったと思います。ちはるは、日本でよいこともつらいことも経験しました。けれども、彼女には、逆境をプラスに変える可能性がありました。ちはるは、日本人の帰国子女や弱者を支援するために、心理学者になるべく猛勉強をしています。
子どもたちや同様の帰国子女たちをみていると、異文化に身をおくことは結果として、彼らの利益となると思います。たとえば、外国語を学び、外国の友人をもち、教科書の中ではなく、実際の史跡訪問を楽しむこともできます。
一方で、外国語と日本語の両方を身につけるために、かれらは懸命に努力しなければなりません。日本に帰国したときには、第一言語として日本語能力に追いつく努力も必要です。彼らの年齢で、夜も寝られないほど努力しなければならないのです。必死になって努力し、けっしてあきらめず、最終的に、逆境に打ち勝ち、海外と日本の生活を自分のものにする彼らに、私は尊敬の念をもっています。
日本人帰国子女は、異国での新しい環境になじむためにたいへんな努力をします。ある子は、比較的容易に適応できますが、そうでない子たちもたくさんいます。わたしは、両親がかれらを支え、力をかさなければならないと思います。海外生活の良い点のひとつは、家族の絆が強くなるということではないでしょうか。中には、長期間、海外での生活をすることで、帰国後に日本の生活に適応できない子どももいるのです。
結局、彼らはまた外国に戻ってしまいます。日本では、帰国子女にとっては、知識のみがメリットとして取り上げられ、デメリットは、表面に現れることがありません。あるメディアで、一人の帰国子女がアメリカで学んだのちに東京大学に入学、卒業後は、マサチューセッツ工科大学の博士課程で学び、現在、ボーイングのエンジニアをしているとの成功事例を読んだことがあります。
わたしたちは、子どもたちは1人ひとり違う個性をもち、1人として、同じ人格ではないということを正しく認識しなければなりません。子どもたちに真の幸福と安らぎを与えられるのは、会社の支援ではまったく十分ではなく、結局は親の責任なのです。
私の息子の、たいは「どの国が一番ぼくにあっていると思う?」と聞きます。子どもたちは、親と、そして、文化を映す鏡なのです。
私には、どの文化が子どもたちにふさわしいのかわかりません。最後は彼女たちの選択です。我が家の子どもたちは、イギリスでも教育を受けているので、日本、アメリカをあわせて、3つの異なる文化を経験しています。今までのところ、彼女たちがどう変化しているのかわかりませんが、海外経験のメリットもデメリットも、彼女たちにはとてもよい経験だったと思います。彼女たちは、日本で生まれ育った日本人とは違って見えるでしょう。海外では、はじめはその文化になじむまでに不安を感じることでしょう。
しかし、いったん、海外での生活にとけこめば、彼らの人生も、心も、より世界に開かれたものとなることでしょう。
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